2015
11.24

名聞利養!

人 格, 仕 事, 日々の戒め, 郊外でのんびり


道元禅師は、「修行者は名聞利養にとらわれてはいけない」と説いています。

“お金を求めること時代は悪いことではないけれども、決してお金に縛らてはいけない”ということでしょう。「名聞」とは名誉や名声の事で、「利養」とはお金のことです。

不思議なもので、お金とは執着すればするほど逃げていくものだと言われています。お金の事ばかり考えるのでなく、今、自分が、他人のため、社会のためにやらなければならないことを考え、行動する方が効果があるということの裏返しでしょう。

「どうすれば社会に貢献できるか・・・?」

「自分は今、なにをすれば世の中のためになるのか・・・?」

「困っている人を救いたい・・・!」

それをしっかりと考えて行動していれば、お金は巡り巡って自分の元にやってくるのでしょう。

今の日本、お金に不安を持っている人は大勢います。

国家的詐欺のような年金制度に不安な中高年や住宅ローンと教育ローンという重たいリュックを背負っているにも関わらずリストラされた中高年サラリーマン。よほどポジティブでいないと堪えられないのが現実です。

自分なりに一生懸命今まで頑張ってきたつもりでも、社会や経済の世界はある意味で非情です。不安の裏側に、自らの自信がある人は良いですが、理不尽ともいえる自らへの仕打ちに「社会が悪い」と思っている人も多いのが現実・・・。

プライドが高すぎるのも問題ですが、やはり日頃から「自分を信じる癖」は重要です。

自らに自信をつけるために一番効果的なのは、日々の仕事に対する姿勢だったり、自分ほど仕事をしている人はいないという自負なのかもしれません。また、お客様から言われた「ありがとう」というお礼の言葉・・・。

目の前の小さなことをひとつずつクリアしていく達成感の積み重ねこそ大切です。

いかに世の中が変化し続けようとも、絶対に変わらないものがあります。それは、つい見逃してしまいそうな「季節の移ろい」だったり、「春の訪れ」です。

人生で一番大切なものは、物を大切にする心だったり、人をいとおしむ心。なんの計算もなく、なんの縛りもなく、心が透明になった時、自分本来の心が見えてきます。

現代人は忙しすぎます。「忙」は”心を亡くす”と書くように、何事にも囚われず、こだわらず、心を透明にして人生を送りたいものです。それを邪魔するのが「名聞利養」・・・。

あまり「名聞利養」にこだわらず、一日一日を大事に生きてゆきたいです。